2019年鎮魂の夢灯り | 沢与建設株式会社

資料請求
お問い合わせ・無料相談
沢与建設株式会社
電話 0193-63-1157
岩手県宮古市山口一丁目2番31号
〈営業時間〉8:00〜17:00 〈定休日〉日曜日

夢灯り日記

2019年鎮魂の夢灯り

2019年03月15日

2011年の東日本大震災より、早いもので8年となりました。

今回も会場は、シートピアなあどを予定しておりましたが

1日中大雨となってしまい、急遽、長根の長根寺に変更して祭壇を設置し、

無事に慰安法要と夢灯りを開催することが出来ました。

前日も翌日も晴天で、11日だけ大雨の予報がピタリと当たり

何とも不思議な、多くの人々の涙が大雨として現れたような、

悲しくも思いが天に届いたような、何とも形容しがたい雨だったと感じています。

 

陸中宮古ライオンズクラブでは、震災後毎年3月11日には、真言宗各派青年会の有志の皆様のご協力をいただき

亡くなられた方々の慰霊法要を続けてまいりました。

住職さんたちの真心からのご供養と参列者の皆様のご焼香が、きっと被災された方々にも届いていると思っています。

 

今年も、多くの方々にご賛同いただいたおかげで、無事に開催することができました。

これからも、震災を風化させないために続けていければという思いを新たにしました。

 

 

夢灯りに魅せられて 、癒しともてなしの光を放ち続ける

2016年04月29日

夢灯りみやこ漁火協議会の歩みが、「みやこわが町」5月号に紹介されました。
会長の佐藤昇が代表して取材を受けました。
その全文をご紹介させていただきます。

夢灯りに魅せられて

癒しともてなしの光を放ち続ける

 

夢灯り宮古漁火協議会会長 佐藤 昇

 

夢灯りとの出会いは盛岡のイベントで見た、

その光のほのめきに一瞬にして魅せられたことだった。

 

夢灯りは北海道旭川市が発祥とされる。それが盛岡を経て宮古へ。

今や宮古の風物詩として数々のシーンを鮮やかに彩る光景は、

長年に渡る佐藤さんの情熱にほかならない。

 

盛岡で出会ったこの夢灯りをぜひ宮古でもと思い立ったのは平成5年。

第8回国民文化祭いわてが県内で開催される年だった。

宮古はパッチワークキルトの会場だった。

佐藤さんはこの文化祭を盛り上げたいと、

当時、市のPTA連合会の会長に諮り、夢灯りを行うことになった。

 

そこからキャンドルスタンドの親子製作教室を開きながら普及活動に乗り出した。

スタンド製作は親子の触れ合い、子どもの創造力を狙いに、

そしてこの灯りで宮古のまちを元気にしたいということだった。

 

大会前夜の10月9日夜、

閉伊川グランドに並べられた1000個のキャンドルに灯りが灯ると、

誰もがその光景に感動の声をあげた。

 

「あの日のことは今でも忘れない」と佐藤さん。

 

以来、野外音楽祭、マラソン大会、神社仏閣の例大祭、

客船の歓迎など各種イベントでこの光の輪を広げてきた。

 

客船の歓迎には多くの思い出を持つ。

「飛鳥の出港での夢灯りは評判だった。

世界の港でもこうした出港歓迎はないということを聞かされた。

また、この夢灯りを見たさに再乗船し宮古に来た観光客もいる。とても嬉しい」

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災。佐藤さんはその現実に心が痛んだ。

いてもたってもいられず、少しでも被災者の心のケアになればと

避難所での夢灯りを決断した。

 

しかしそれは杞憂に終わった。

人々はこの灯りに安らぎを求めて群がった。

全てを失った年配の方が静かにキャンドルの火を見つめながら、

「人生は一寸先がわからないものだ」と一言つぶやいた。

 

厳しい現実の中であったが、

それは鎮魂の祈りとなって市内至るところに広がっていった。

人々が打ちひしがれている中にあって、

その灯りは希望の光となって人々を励まし続けた。

 

「いろんな人との出会いがあって、私の生き甲斐にもなった。

少しは宮古のために役立ったかとも思う。

これからも出来るまでこの火を灯し続けていきたい」。

 

夢灯りを通して地域を癒し続けてきた佐藤さんの情熱は尽きることはない。

2016年3月11日の夢灯り

2016年03月20日

今年も、夢灯り宮古漁火協議会による

夢灯りが開催されました。

ひとつひとつの灯りに、鎮魂の祈りと

心からの感謝の気持ちが込められています。

来年もまた。

無料相談・お問い合わせ・ご来店予約は、こちらから!